先日、石川県立大学 食品科学科 小栁 喬 准教授の研究グループの論文に、B.B.B. 論文賞が授与された、というニュースを読みました
内容は、伝統的な清酒の製造法で用いられる「山廃もと」に存在する細菌叢を解析したもので、「次世代シークエンス法」を解析に用いることにより、発酵過程で生育する細菌の多様性がこれまでよりも明らかになった、という内容の論文です。
受賞されたことが素晴らしいことだと思いつつ、聞いたことがあるような「山廃(やまはい)もと」という言葉が一体何のことか興味を持ち、調べてみました
今回は、「山廃もと」についてご紹介いたします
●「もと」とは
山廃もとの「もと」は漢字で書くと「酛」であり、酒母とも呼ばれます。
酛(酒母)とは、アルコール発酵に必要な酵母菌を大量に増殖させたまさに「酒の母」と呼べるものです。
酛は、麹・蒸米・水に酵母を加えて造ります。
(会津清酒消費拡大協議会PDF資料より引用)
●「山廃」とは?
「山廃」を説明する際に予備知識として必要なのが、「速醸」と「生酛」という日本酒の作り方です。
・速醸(酛)
酛を作る工程で、仕込み桶で酛の原料を加え、酵母菌を増やす段階で問題になるのは、空気中に存在する様々な微生物(この場合は雑菌)です。
出来るだけアルコール発酵に必要な酵母を増やし、雑菌の発生を抑えたい、というときに活躍してくれるのが「乳酸菌」です。
「速醸(酛)」は、工業生産された純度の高い乳酸菌を添加することで、酛造りの初期段階で発生しやすい雑菌の侵入や増殖を防ぎ、作った酛です。
明治時代(1910年)にこの手法が開発され、作業工程の短縮や製造工程で雑菌が増殖する「腐造(ふぞう)」が格段に減ったそうです。
・生酛系
酛を造る過程で、工業生産された乳酸菌などは添加せず、自然の状態で乳酸菌や酵母菌を増やすのが生酛です。
自然界の様々な菌と戦って勝ち残った生酛系の酵母菌は生命力が強く、製造の最終工程になっても死滅することが少ない為、余分な雑味成分は出さないと言われています。
生酛では、米や米麹を擂り潰し、溶かして乳酸菌が発生しやすい環境を作り、じっと待つことが必要です。
この「米を擂り潰す作業」は「山卸(やまおろし)」、もしくは「酛すり」と呼ばれ、櫂と呼ばれる道具で2-3時間おきに米をかき混ぜる作業です。
(会津清酒消費拡大協議会PDF資料より引用)
この「生酛」を造る工程で「山卸」を行わないことを、「山卸廃止酛」もしくは「山廃」と呼びます。
「山廃」造りは、蒸し米を投入する前に、先に水の中で麹の酵素を溶かしておく(水麹と呼ぶ)ことで、米を擂り潰さなくても酵素の力で米が溶けるようにした手法です。
これを機に、「櫂でつぶすな、麹で溶かせ」という有名な言葉が生まれたそうです
これも明治時代(1909年)に広まり、多くの酒造りの蔵元で採用されました。
●山廃仕込み、生酛造り、速醸では何が違うのか
1909年に国立醸造研究所で行った実験で、山卸を行った酒母と行わなかった酒母に成分の違いはない、という結果が出ました。
その為、「山廃」と「生酛」の製造工程の違いが味にどう影響するかは科学的にはっきりしていません
ですが、「速醸」と「生酛系(山廃含む)」では、その製造工程の違いから菌の多様性が大きく異なり、その結果、味や内容成分に違いが生じます。
多様な菌が存在する生酛系では、それらの菌由来の酵素などによるアミノ酸組成や糖組成の変化、香気成分の増加等で、より複雑な味になると言われています。
・速醸:乳酸菌や他の微生物(や細菌)が作り出す複雑味はないが、クリアですっきりした味わいに
・生酛系:乳酸菌や他の微生物(や細菌)が作り出す複雑味があり、濃厚でパワフルな味わいに。
(㈱菊正宗 酛造りHPより引用)
もちろん、日本酒の味は精米歩合や製造する蔵元、発酵期間や温度などの条件でも変わります。
しかし、端麗ですっきりした「速醸」は刺身や焼き魚などあっさりとした淡白な料理と、濃厚でパワフルな生酛系は肉料理やクリーミーな料理と合わせるのがお勧めのようです
●健康効果について
日本酒は健康への効果も期待されています。
日本酒の中には、リラックス効果のある有機酸が含まれることがわかっており、これがアルコールだけではない「酔い」の一因と言われ、飲むことでのリラックス効果をもたらしているそうです。
さらに、味にも影響するアミノ酸やペプチドを豊富に含んでおり、その組み合わせや量で日本酒の複雑な旨味が出るようです。
また、清酒に含まれる酵母には、葉酸やS-アデノシルメチオニンが多く含まれることが分かっており、特に葉酸は他の酵母と比較しても含有量が高いという研究結果があります。
その為、清酒を絞った酒かすには葉酸やアミノ酸が豊富に含まれており、それらの成分による美肌効果や免疫力向上などの効果が期待できます
今後、「葉酸」または「S-アデノシルメチオニン」を多く含有する酵母、ということで、サプリメントなどへの利用も広がっていくかもしれませんね
アルコールを摂取することと、含有される栄養素を摂取することのバランスは考えなくてはいけませんが、それでも「適量の」飲酒は老化などを抑えてくれる効果が期待できることも報告されています
機会がありましたら、造りの違う日本酒の飲み比べなどもぜひ…
(あ)
石川県立大学 トピックス (http://www.ishikawa-pu.ac.jp/news/?p=4935)
Taylor Francis Online Tracing microbiota changes in yamahai-moto, the traditional Japanese sake starter (http://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/09168451.2015.1095067)
あいち食品工業技術センターニュース (http://www.aichi-inst.jp/shokuhin/other/up_docs/news1202-2.pdf)
SAKETIME 速醸について (https://jp.sake-times.com/knowledge/word/sake_nomalsokujyou)
SAKETIME 山廃仕込みとは? (https://jp.sake-times.com/knowledge/word/sake_g_nihonsyuword_yamahai?pos=8)
SAKETIME 生酛づくりとは? (https://jp.sake-times.com/knowledge/word/sake_g_nihonsyuword_part2 )
会津清酒消費拡大協議会 (http://aizusake.jp/sake_admin/wp-content/themes/aizusake/pdf/aizusake.pdf)
菊正宗 生酛作りとは (http://www.kikumasamune.co.jp/kimoto/about/)
国税庁 醸造試験所 「酒母と酵母」 (https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbrewsocjapan1915/57/11/57_11_988/_pdf)
独立行政法人 酒類総合研究所 NRIB(清酒酵母の機能と特性) (http://www.nrib.go.jp/sake/pdf/NRIBNo19.pdf)
独立行政法人 酒類総合研究所 清酒中のリラックス効果をもたらす物質 (http://www.nrib.go.jp/data/nrtpdf/2012_1.pdf)
独立行政法人 酒類総合研究所 NRIB(お酒と健康・微生物) (http://www.nrib.go.jp/sake/pdf/NRIBNo25.pdf)
食品成分データベース 酒かす結果(https://fooddb.mext.go.jp/result/result_top.pl?USER_ID=17541)